いしぶみを温ねて(21) 「鴻業頌」碑 栗山町


栗山町の市街地、栗山土地改良区にほど近い水路の傍らに、町の礎を築いた先人たちの情熱を今に伝える石碑がたたずんでいる。水利組合発足80周年を記念して建てられた「鴻業頌」の碑だ。明治の開拓期、度重なる困難を乗り越え、夕張川
栗山町の市街地、栗山土地改良区にほど近い水路の傍らに、町の礎を築いた先人たちの情熱を今に伝える石碑がたたずんでいる。水利組合発足80周年を記念して建てられた「鴻業頌」の碑だ。明治の開拓期、度重なる困難を乗り越え、夕張川から水を引いた不屈の歩みは、北海道の農業史に輝く金字塔だ。
栗山町での水田作は、1893年(明治26)に始まった。予想を上回る収穫に活路を見いだした旧仙台藩角田支藩(現在の宮城県)の家臣、泉麟太郎(1842~1929)らは、さらなる発展をめざして大規模なかんがい事業を計画。95年(明治28)に道内初の水利組合を組織し、初代組合長には泉が就いた。
事業は前例のない挑戦だった。夕張川から阿野呂川まで水を引く第1期工事では、資金難や組合運営の規定不備などさまざまな壁に突き当たった。しかし、泉らは一丸となってこれらを克服。翌年に念願の完成を果たした。
その後の大洪水や密林・湿地帯での難工事という試練を乗り越え、1900年(明治33)には第2期工事を完了。この時の運営経験や実績は、その2年後に制定された「北海道土功組合法」の礎になったと伝えられている。
同法に基づいて最初に認可されたのが角田村水利土功組合だったことが地域の大きな誇りだ。49年(昭和24)の土地改良法の制定によって組織は土地改良区へと改組され、現在の栗山土地改良区へとつながる。
水利事業の開始から80周年を迎えたことと、国営大夕張地区総合かんがい排水事業などの竣功を記念する碑。「大きな事業を苦労して成し遂げたこと(鴻業)を称える(頌)」の名は、不毛の地を美田へと変えた先人たちの執念への尊敬と感謝を表す。








