2026年の稲刈りが始まった。今年の一番初めとなる「刈り初め」は、親子を集めて行う「里のようちえん」。9月14日、およそ30人が集まってにぎやかに、手刈りしてはさがけ。面積は小さいものの、集まってくる子どもたちに元気をもらって、1カ月に及

 農業委員会の役割・機能は大きく四つに分けられます。


 第1は、農地パトロール・調査による地域の農業・農地に関する実態把握の取り組みです。


 毎年行う農地の利用状況調査とその結果をもとに行う農地所有者などに対する利用意向調査は必要不可欠です。農

 1978年(昭和53)、岩塚生産組合のオペレーターになると同時に、父から「食費とガソリン代は家で出すが、あとは自分で稼げ」と告げられました。実家暮らしで、田植え・稲刈りのオペレーター収入があれば、確かに生活費には困りませんでした。


 余談で

消費者と生産者


 今年の秋は、雨に足止めされることが多く、田んぼが乾くのを待っては刈り、また雨が降っては待つ。稲穂の様子を見ながら、ゆっくり進む稲刈り。


 毎年お米をつくっていても、同じ年はひとつもない。そんな収穫の最中、「米価急落」というニュ

 「考えたとおりに生きなければ、生きたとおりに考えるようになる」という言葉が、最近読んだ本に出てきました。


 農繁期まっただなか。天候は直前でコロコロ変わる不安定さのなか、弊社では11月のカフェイベントや、今シーズンの干し芋加工スタートに向け

大規模開発が始まる


 1960年(昭和35)、父が30㌃の水田を借りて稲作を始めた頃は、まだ農地流動化のスピードが遅かった時期です。状況を変えたのは、64年に始まった越路原台地の新田開発でした。


 越路原台地は、旧越路町と小千谷市にまたがる約2

農業者の代表による自主的な行政関与



 今年7月、全国の約3分の2の農業委員会で委員改選が行われました。今回から6回にわたって、「はじめての農業委員会」と題して農業委員会の制度や活動について紹介します。


 農業委員会は1951年(昭和26)7月に

借地で経営基盤作る


 私が経営する㈲グリーンは、新潟県長岡市の旧越路町にあります。前身は、父たちが設立した機械利用組合「岩塚生産組合」です。1984年(昭和59)、25歳のときに、父を説得し、同組合を傘下に入れる形で法人設立に踏み切りました。


容赦なく続く災害


 10月。これはもう農業日記ではなく、災害日記と化してしまった。


 千葉豪雨で水没した機械を修理し、気持ちを切り替えて再始動した。そのとたん、台風25号が襲いかかった。


 秋雨前線によって遅々として進まない秋作業。それに追い打ち

 前回の最後に、人事制度はある程度自由に作ることができる、労働者のモチベーションが上がる制度を自由に考えましょう、と書きました。農業法人における人事制度に関して、大事な一つのポイントは、「農業は1年に1度の作業である」ことを踏まえる、という

 私が父から機械利用組合「神扇農業機械化センター」の経営を引き継いで、今年で31年。43歳のときでした。息子も40歳を過ぎ、そろそろ経営移譲の時期かと思っています。


 父たちが同センターを立ち上げたばかりの1970年代には、転作品目として、麦

 雇用を始めて戸惑うのは、身内感覚で雇用を開始した農家だけではありません。法人であっても戸惑うことは多くあります。


 法人となり、雇用を開始するときには、労災保険や雇用保険、社会保険ももちろん加入し、所定労働時間も決定し、労働条件通知書も作成

お手伝いがステップアップ


 長かった夏休みも終わり、いつもの日常が戻ってきました。今年の夏は、子どもの「仕事のお手伝い」を一歩ステップアップさせた夏でした。


 もともとわが家は農家ではなく、私が起業して、にんにくを育て、加工し、販売する仕事を始

 島根県の農村部で、福祉関係の役場職員から次のような話を聞いたことがあります。


 最近、一人暮らしになった高齢の母親を、東京や大阪などに出た息子などが呼び寄せることが増えてきた。しかし、その後あまり良い話を聞かない。暮らしは便利で草刈りもしな

 田んぼの仕事が少し落ち着いた8月の夏休み。霊山立山の登(と)拝(はい)を行った。霊山立山といえば、富士山・白山と並ぶ日本三大霊山の一つ。江戸時代には、麓に宿坊が立ち並び、全国からもたくさんの登拝者を集めた日本を代表する霊山だ。


 ところで、