〇原風景
幼少期の話をしましょうか。私の原風景で、私の農業の原点でもある1950年代の村の記憶です。
生まれ育ったのは、福岡県桂川町寿命地区。水田の広がる小さな集落で、わが家も2㌶の水田で米麦と野菜を作り、自給的な生活をしていました。
役牛
試行錯誤の連続
1977年(昭和52)に完全無農薬有機農業をめざして農業を始めてから、50年近くになります。
学生時代、有吉佐和子さんの『複合汚染』やレイチェル・カーソンさんの『沈黙の春』を読み、志だけは高いスタートでした。
とはいえ、当時
任期中痛感したこと
今年3月、2期6年間務めた長野市農業委員会長を退任しました。9年間、農業委員会活動にかかわる中で、感じたことがあります。
2015年の法改正で、農業委員会の重点業務が「農地利用の最適化」とされましたが、その体制整備も農業
〇地域計画が法定化
基盤整備後の換地業務で四苦八苦していた2020年(令和2)、長野市農業委員会の会長になり、21年には、県農業委員会協議会の会長も兼務になりました。
「人・農地プラン」が「地域計画」として法定化されたのは、その翌年です。2