有機農業の第一歩 桂川町・古野隆雄氏④


〇無肥料・無農薬・無収穫」からの出発
【土づくりに明け暮れた】
島本先生の講習会で、土づくりが最大の技術と学んだとはいえ、現実はそう簡単ではありませんでした。
講習会で「帰ったらすぐ車を売って、そのお金で堆肥舎とショベルローダーを買いなさい。
〇無肥料・無農薬・無収穫」からの出発
【土づくりに明け暮れた】
島本先生の講習会で、土づくりが最大の技術と学んだとはいえ、現実はそう簡単ではありませんでした。
講習会で「帰ったらすぐ車を売って、そのお金で堆肥舎とショベルローダーを買いなさい。それで立派な堆肥を作り立派な野菜を作り、ベンツを買いなさい」と言われましたが、私には売る車もなく、親戚の土地を借りて堆肥を作るのが精いっぱいでした。
養鶏場の鶏ふんや自家製の米ヌカ、木材チップなど堆肥原料を集めて層状に積み、その後はフォークで切り返して発酵させ、できあがった堆肥は、スコップで田畑に散布。すべて手作業で、若かったからできた仕事です。
1年目は、野菜を作る暇が無いほど、その作業に明け暮れ、「無肥料・無農薬・無収穫」と揶揄されましたが、それでも、徐々に品質の良い堆肥ができ、米や野菜に土づくりの成果が出始めました。
収穫した野菜は、仲間とグリーンコープ生協に出荷を始めました。しかし、まだまだ経済的に貧しく、堆肥舎とショベルローダーには手が届きませんでした。
【イチゴ一会】
1981年(昭和56)にお見合いしました。相手は、高校卒業後、福岡銀行に勤めたものの、石炭運搬業をやめて就農した父親(後の義父)の「娘は農家にしか嫁がせない」という強固な意志の下、1年で退職して農業を手伝っていた女性で、高校時代から20回も見合いさせられ、全部断ってきたヒマワリのような美人。それが今の妻・久美子です。
貧しい有機農家だった私となぜ結婚したのか。まだ幼かった子どもたちに聞かれると「イチゴがおいしかったから」と笑って答えていましたが、まさに〝一期一会〟の出会いでした。
見合いの別れ際、筑豊有機農業研究会の主催する簗瀬義亮医師の講演会のチラシを渡したのですが、その講演会で簗瀬先生の話に感銘を受け、「こういう農業をめざしている人なら一緒にやりたいと思った」と、妻は後に話してくれました。
結婚した翌年、長男を授かり、離乳食のため平飼い自然卵養鶏を始めました。その卵を消費者に届けることで、ようやく中古のショベルローダーを手に入れました。
さらに、友達や親戚の手も借りて手作りの堆肥舎を建て、堆肥を散布するマニュアスプレッダーも購入。〝イチゴ一会〟から、すべてが回り始めたのです。
構成 榊田みどり








