長崎県松浦市農業委員会(佐々木龍二会長、73、農業委員19人、農地利用最適化推進委員18人)は、2024年度から所有者不明農地対策について能動的な取り組みをスタートさせた。現在は地域計画のブラッシュアップに向けて中心的役割を担い、農地集積を推進している。
報告書通じ各申請を支援、委員はすべての案件関与
松浦市では、農地の貸借や売買の相談は農業委員と推進委員を通すことが定着。農地の権利移動や設定事務は、担当した農業委員・推進委員の氏名を記載し提出される「掘り起こし活動実績報告書」からスタートする。農業委員会事務局は、貸借期間満了の5カ月前に出し手と受け手に対して文書で通知し更新などの意向を把握。通知文書には、当該地区担当の委員の連絡先が載る。
委員は、出し手・受け手の意向や賃料などを確認し、作成した報告書を事務局に出すため、すべての農地の貸借などに関与することになる。
市単独予算の「市担い手農地集積促進借り手助成金」の活用もこの報告書を経て申請される。過去5年間の実績は新規・更新合わせて1293件、343㌶と活発だ。
経験活かした所有者不明対策
同市農業委員会では「所有者不明農地制度」の活用も積極的に進める。
農業委員会事務局では、期間満了予定の通知をする際、登記名義人を確認。地権者名が異なる場合、農業者からの相談を待つことなく農地バンクの委託費で農業委員会に設置する推進員2人が相関図を作り、同制度の指導をする。
これは24年に、更新予定の農地が所有者不明農地であることが判明したことがきっかけだった。すでに相関図を作成していたため、すぐに各委員が出し手・受け手の意向確認し公示。円滑な手続きで、同年内に利用権を設定することができたからだ。
それ以降も名義人が異なる場合は事前に探索しており、これまでに5件、1万4412平方㍍の農地を、同制度を活用して利用権を設定する。現在も4件を処理中だ。
14年の農地バンク法が施行された当初からバンクを通じた農地の貸借事務を農業委員会が担当してきたこと、また、すべての貸借などに委員が関与していることで地域の担い手と農地について最も詳しいことが功を奏した。
地域計画集約へ検討進む
また、同市農業委員会では、実行やブラッシュアップなどの地域計画業務を一体的に実施。農業委員会で行うことが効率的と考え、25年度から中心となって進めている。
本年度は地域計画の地区数を現在の22から16に集約することも予定する。土地改良区は単独の地区としていたが、集約対象にすることにした。土地改良区も他の地域計画と地権者などが重複する場合が多く、農業者が効率的に参加できるようにすることがねらいだ。
地域計画などに関する地域での話し合いは、農業委員・推進委員が進める。会場の予約や当日のファシリテーターも委員が行う。委員の負担は小さくないが、佐々木会長は「これからも農地のことは何でも相談してもらえる、頼れる農業委員会として取り組んでいきたい」と話す。

⑴現在の農地制度の基本的枠組みは、第2次世界大戦後に行われた「農地改革」にさかのぼる。日本を占領したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は、「財閥解体」「教育改革」など戦後の改革に着手したが、「農地改革」は日本人の自発的な取り組みとして、
本連載では、2000年代には全国の小学校の約8割で実施されていた農業体験学習が今日においていかに実施困難になっているのかを紹介してきました。
その一方で、学校教育制度からみれば、農業体験学習は「必ずしもやらなくてもよい」活動でもあります。
広島市農業委員会(福島幸治会長、78、農業委員19人、農地利用最適化推進委員42人)は、日ごろの活動で得られた調査結果や知見から、同市の農業に関する指針を取りまとめた。また、それをもとにした意見書を広島市長に提出するなど精力的に活動している。
めざすべき姿実現へ市長に意見
同市農業委員会は2025年6月に改選。新体制のもと25年11月5日に「農地等の利用の最適化の推進に関する指針」を策定した。
これは広島市の農業が業として成り立ち、農業者が定着し、持続可能な産業となり活力ある農業・農村を築くことをめざした内容。指針では遊休農地の発生防止・解消について、今まで実施してきた利用状況調査結果をもとに3年後の遊休農地の割合を0.3%以下に維持する目標を掲げた。
新規参入の促進については、毎年49経営体の増加を目標に、「ひろしま活力農業研修生」などの担い手に農地をあっせんし、地域に定着できるよう就農支援を行う計画としている。
また、同市農業委員会は25年10月、広島市の松井一實市長に対して「令和8年度広島市農政に関する意見書」を提出。指針内で定めた「めざすべき農業・農村の実現」に向けて日ごろの活動から得られた知見を意見書に取りまとめた。「農地の利活用に関する事項」や「多様な担い手の育成・支援に関する事項」、そして「有害鳥獣対策の強化に関する事項」の3点を盛り込んだ。
松井市長は「農業振興をまちづくりと一体で捉え、農地利活用、多様な担い手の育成・支援、有害鳥獣対策などの課題に対して、現場目線の伴走支援型の対策を行っていく」と述べた。
意見交換会で担い手の声聞く
同市農業委員会では今年2月、担い手の経営課題や意向を把握するため、認定農業者と農業委員・推進委員との意見交換会を開いた。「担い手と経営対策」をテーマに都市部と中山間地域に分かれてグループ討議を実施。多くの班から、農業資材の高騰で経営が圧迫していると意見が出た。その中で、中山間地域の班では「人手不足を解消するためには早期退職した自衛官など若い力を活用するのはどうか」などと意見があった。
また、担い手育成を進めるためには、幼少期から「食農教育」や「地産地消」を推進することが大切だという意見も出た。
同市農業委員会事務局の浅木研一次長は、「認定農業者との意見交換会は農業委員会活動の充実にもつながる。市への意見書提出については、現場の声を市へつなげる重要な取り組みと位置づけ、今後も継続していきたい」と語る。

Q:私の町には水田がたくさんありますが、そのほとんどは裏作には使われていません。一方近年、飼料価格の高騰もあり、耕種農家と畜産農家が連携して水田裏作で飼料作物を作る話が出ています。農地法では水田裏作についてどのような扱いになっているのでしょ
「京都農業経営塾」で若手経営者を支援
京都府農業会議(栗山正隆会長)は、府農業をリードする若手農業経営者を支援するため、府と連携して2018年度から「京都農業経営塾」を開講。卒塾生は各地で活躍している。
〇強み弱み整理し経営理念磨く 実現に向けた道筋も計画化
府農業会議が実施する京都農業経営塾は、1年間に八つの講座と個別相談を受けられる、経営者の育成に特化した塾。コロナ禍による中断もあったが、すでに1期生から7期生まで70人が塾を卒業した。卒塾生は「企業的農業経営者」として府内各地で活躍している。
経営塾の講座は、座学とグループ討論を通じて受講生が自分の強みと弱みを整理し、各自の経営理念を磨き上げる。それとともに、財務管理や労務管理について学び、今後の事業計画を策定するカリキュラムがある。
経営理念の確立に向けては、過去に経験したできごとを何度も振り返り、データを分析。その際の改善策を考え、経営者として進む方向を明確にしていく形で進める。
「農業を通じた社会の幸福の増進をめざす」「社員と家族の幸せを考え、顧客の要望に応える」などの経営理念を決め、その実現に向けた道筋も事業計画に落とし込む。
そのために、自身の生産物の販売先や消費者からの評価、購買者の属性などを把握。販路に応じた生産や雇用による労働力確保を検討し、数年先までの事業計画を組み立てる。
〇卒塾生の多くが各地で活躍 悩み相談しレベルアップも
経営塾には、農業改良普及センターなど関係機関の職員が企画段階から参画し、受講生への声かけから、研修後のフォローまで行っている。塾生は、充実した個別相談を活用して、短期間で経営者としての能力を高め、経営計画を完成させて巣立っていく。
卒塾生の多くは、府の指導農業士や青年農業士、府農業法人経営者会議の役員として府内各地で活躍している。
年1回の「OBの集い」では、新旧の卒塾生が交流し、悩みを相談しあう。さらに、塾で作成した経営計画を発展させてレベルアップした経験を先輩から後輩に伝えるなど、府農業の未来を担う仲間のネットワークとして機能している。
多くの卒塾生が、「自分の経験を後輩に伝えて、みんなに成功してほしい」と願い、知り合いの若手農業者に経営塾の受講を呼びかけている。

農水省の発表によると、日本では主な化学肥料の原料である尿素、リン安(リン酸アンモニウム)、塩化加里(塩化カリウム)は、ほぼ全量を輸入している。輸入の主な相手国は、尿素はマレーシア、リン安は中国、塩化加里はカナダに偏在している。
しかも尿素
愛知県の春日井市農業委員会(松浦成司会長、57)は、2024年度末までに農業委員や農地利用最適化推進委員が参画して地域計画を策定。同市廻間地区をモデル地区にし「地域まるっと中間管理方式」を導入し、一般社団法人に農地を集積・集約した。現在も法人を軸に地域の農業を盛り上げている。
モデル地区で 「まるっと方式」 活用
サボテンで有名な春日井市は、名古屋市の東北部に隣接。交通の利便性が高いことから、都市化が進む。農業の担い手が不足し兼業化、高齢化も進んでおり、農地の管理をどのようにするかが課題となっていた。
春日井市農業委員会は24年度、農業委員・推進委員らが中心になって地域計画を策定。話し合いの中では、「耕作者の高齢化」や「後継者が確保できない」などの声が多く出たという。
同市農業委員会では解決方法を模索し、福井県の先進事例の視察や話し合いの中で、「地域の農地は、地域で守っていかなければいけない」と認識を統一した。
地域計画の基本的な方針は、同市の水田主体の8地区を対象に集落営農組織が核となる法人を設立し農地を集積することになった。多面的機能支払交付金の活用も含めた形で地域住民の参加も促すことで合意した。
計画の実行について、モデル地区に廻間地区が選ばれた。この地区は、1977年に土地改良事業を実施しており17・6㌶に団地化された農地だが、所有者は126人で平均年齢75歳、平均の農地面積は7・2㌃で経営する農業者の高齢化や農地の細分化が目立つ地域だった。中心的な担い手が不在のため、「地域まるっと中間管理方式」を活用。地権者を構成員にした一般社団法人が農地中間管理機構を介して農地を借り受けて経営することができるこの方式が、廻間地区の実情に合致していたからだ。
松浦会長が法人の代表理事になり、2025年4月に「(一社)エースファーム」を設立。農地集積を進め、地域の農地面積の86%となる15㌶を集積した。そのうち法人への集約率は約42%の約7・4㌶だった。
近隣農地も集め営農、後継者確保へ
農地の集約化に当たっては、同法人の役員と市が協力して地権者を一軒ずつ訪問して使用貸借の合意を得たという。
代表理事の松浦会長は、「法人設立のため何度も公証役場に相談に行った」「設立したばかりの法人なので、地権者の理解を得ることに苦労したが、役員が水利組合や土地改良区の役員も務めているので信用を得た」と懐かしみながらも、「役員や市役所の協力で立ち上げができた。ご先祖さまが残していただいた農地を大切に守っていきたい」と話す。
同市では、近隣の地区についても同法人に集約化を進める方針だ。営農することで地域の農地を維持・管理をしていくことはもちろん、多面的機能支払交付金を活用し地域住民との協力で草刈りなどを計画している。
また、効率的な営農で、若手の後継者の確保をめざしていくなど課題解決に意欲的だ。

群馬県の東吾妻町農業委員会(中井毅彦会長、70)は2025年4月から、町の特産作物の在り方や持続可能な農村づくりを検討するための二つのワーキンググループを始動。また、農業委員会などを中心に新規就農の促進にも力を入れる。
同町農業委員会で始まったのは、「農業振興(AGRI)」と「持続可能な農村づくり(LIFE)」のワーキンググループ。農業委員12人と農地利用最適化推進委員18人の全員は、どちらかのグループに所属している。
農業委員会活動の中で、両委員が顔を会わせるのは年3回程度だったこともあり、中井会長の「農業委員と推進委員が連携した活動を行いたい」という想いと、町の農業振興の発展を後押しようと、25年の改選に合わせて動きだした。
ワーキンググループではこれまで、基幹作物であるコンニャクに代わる新たな作物の検討を進めている。土地利用型のコンニャクの生産が減ると遊休農地の増加につながることが課題となっており、その発生防止や解消、解決策などについて検討している。
同町は、23年に農業者の高齢化と担い手不足の解消、新規就農の促進を目的に、「東吾妻町農業担い手受入協議会」を設立した。町・県・農協・農家が連携し、新規就農希望者の支援に取り組んでいる。
同協議会は町農業委員会と連動。今年2月、県内で開催された新規就農相談会へも参加し、7人の就農希望者と面談した。
希望者からは「現役農家と話せてよかった」「農産物の実物展示でイメージしやすかった」などの声が寄せられ、協議会も手ごたえを感じており、今後も力を入れていく方針だ。
多彩な補助を支援
同町では独自の新規就農支援として、「農業機械導入事業補助金」は20万円以上の農業用機械とアタッチメント、農業用運搬機具などの購入に対しての補助などがある。他にも2泊3日の短期滞在で地域や農業を試せる「お試し移住住宅」や、町内の農業情報をまとめた「東吾妻町はじめての就農ガイド」を刊行するなど、新規就農者に有益な情報発信や受け入れる体制整備を進めている。
移住後は空き家バンクで賃貸・売買物件を紹介する仕組みにもなっており、相談窓口と連携してスムーズに移住・営農を開始できる。
23年に就農した堀込智喜さん(52)は「父が耕してきた畑を守りたかった。協議会ができたことでスムーズに就農できると思う。地域の先輩農家や行政の支援を頼りながら、自分らしい農業を見つけてほしい」と語る。町も「住宅・農機への補助は全国でも高水準。受け入れ体制の拡充も検討したい」と話す。
中井会長は、「農地を守ることはもちろん大切だ。その農地を支える農家の暮らしが成り立たなければ意味がない。これからも農業振興と持続可能な農村づくりの検討を行っていきたい」と語った。

戦後80年が経過したが、この期間は、「明治維新から終戦までの期間」(77年間)よりも長くなった。現在の農政、特に農地政策は終戦直後の「農地改革」からスタートした。そして、この「農地改革」でも農地制度の根幹をなしている。
戦後の農政、特に農













