「鍼灸師の立場としても何が含まれているかわかる、安全・安心の国産のヨモギを使いたい」――。そう笑顔で語るのは長野県諏訪市にある (同) YOMOGI BASEの矢澤宏樹代表(31)。矢澤代表は鍼灸師として「きゅうときどきはりやざわ」で施術する傍ら、遊休農地を活用した国産ヨモギの生産に取り組んでいる。
ヨモギ生産者減りモグサ不足
ヨモギはお灸の原料で、「モグサ」と呼ばれる。モグサは、ヨモギの葉の裏にある綿毛を精製して作るもので、奈良時代に中国から伝来、1千年以上多くの人に親しまれている。そんなモグサの国産化に取り組むのがYOMOGI BASEだ。同社の矢澤代表は、神奈川県出身。学生時代に陸上競技をしていたときに鍼灸に出合い、鍼灸師を志した。
鍼灸師となった当初は、鍼を中心に治療、経験を積む中でお灸の効果を感じる機会が増え、治療に取り入れたいと思うようになった。そこで驚いたのは国産ヨモギを使ったモグサの少なさだ。生産者の高齢化で国産ヨモギが減り、お灸の原料も減ったためだ。
そこで当時勤めていた静岡県の職場の許可を得て、敷地の一画でヨモギ栽培を始めた。矢澤代表は「空いた場所で育て始めたが思ったよりも収穫でき、これならできるかもしれないと思った」と当時を振り返る。
この経験を契機に空き家になった祖父母の家と畑のある諏訪市への移住と新規就農、鍼灸院の開業を考えた。
移住には、地域での人脈作りや文化になれるため、総務省のふるさとワーキングホリデーを活用、伊那市の㈱Wakka Agriで3週間アルバイトを行った。2025年2月に諏訪市へ移住し、自宅で鍼灸院を開業。自宅周辺でヨモギ栽培を開始した。
一念発起し遊休農地借り入れ
遊休農地を遊休農地を活用するきっかけは、鍼灸院に通う人から親戚の農地を使わないかと声をかけられたことだった。ヨモギ栽培の規模の拡大を考えていたこともあり、地域の役に立てるならと一念発起。圃場を視察後に農地中間管理機構を通して40㌃の圃場を借り受けた。借り受けた圃場が山に近いことや石の多い地区であったこともあり、定植までの道は困難を極めた。
それでも地権者の農業機械を借りたり、農地の紹介者やワーキングホリデーで出会った人たちの協力もあり、26年4月にはヨモギを定植。同年5月には一般の消費者向けと鍼灸師向けの2回に分けてヨモギの定植イベントを開いた。イベントには全国各地から計30人ほどが参加した。
25年に栽培されたヨモギは、200㌔ほど。矢澤代表の経営する鍼灸院でお灸として使用するほか、同社独自の加工品として化粧水やバーム、お香としてオンラインや地域で開催されるマルシェなどで販売している。
今後は、ヨモギのお茶の製品化やサウナ業者と連携してヨモギを使う計画が進んでいるという。
矢澤代表は「ヨモギの栽培から使うところまでを体感できる場所を作るのが夢。ヨモギを通して地域に貢献できれば」と熱く語る。

耕作放棄地解消し7㌶経営
大阪府八尾市の㈱オオサカポテト(渡邊博文代表取締役、32)が、サツマイモの生産を通じて地域の活性化に取り組んでいる。耕作放棄地の解消、収穫体験の受け入れ、加工品開発など、2023年に15㌃でスタートした取り組みは、今年7㌶まで拡大。「大阪をサツマイモの産地に」を合言葉に、着実に歩みを進めている。
収穫体験に毎年1千人
「都市住民が農業に触れる機会を提供しつつ、増え続ける耕作放棄地も解消したい」――。渡邊さんが脱サラして就農したのは、そんな思いからだった。サツマイモを選んだのは、土地利用型の大規模生産が可能で、収穫体験にも向くため。品種には特定の産地のイメージがついていないシルクスイートを選んだ。
時には再生作業に50万円以上かかる農地も引き受けながら、徐々に栽培面積を拡大。就農時は15㌃だった畑は現在7㌶まで増え、年間200㌧を生産する。サツマイモは「夢シルク」と名付けてブランド化。広告代理店時代に培った営業力で地元スーパーを中心に売り込み、今では府内の約300店舗で夢シルクが並ぶ。「3割ほど出てしまう規格外品をうまくさばかなければ経営は安定しない」と加工品開発にも力を入れ、芋けんぴや芋ペースト、芋焼酎なども販売する。
就農1年目から始めたサツマイモの収穫体験も好評だ。9月から11月にかけて土日を中心に開催し、平日は保育園や幼稚園の子どもたちを招待する。初年度から毎年1千人近くを受け入れているが「まだまだニーズに追いついていない状況。経営体制を整えた上で、規模拡大していきたい」と渡邊さんは話す。
誰もが農業とつながれる社会へ
サツマイモの生産や加工、販売など、オオサカポテトの活動には多くの人が関わっているが、同社の社員は渡邊さんただ一人。社員として雇うのではなく、業務委託の形をとっているためだ。渡邊さんは「雇用すると、どうしても時間で縛ることになってしまう。業務委託なら好きな時間に仕事ができ、受ける仕事の量も調節できる。多くの人に活動に携わってもらうことを考えた中で行き着いた形」と説明する。
同社からの業務委託を主な収入源としているメンバーは現在6人。期間スタッフなども含めると50人ほどが同社の活動を支えている。ボランティアとして活動に参加する人も多く、そこから業務委託へ発展するケースも少なくない。自身が就農当初に苦労した経験から、就農への足掛かりとなる研修農場のような役割も担っている。
渡邊さんが最終的にめざしているのは「誰もが農業とつながれる社会」をつくること。収穫体験やボランティア、業務委託など、さまざまな形で同社に携われる仕組みをつくっているのもそのためだ。農業の裾野が広がれば、必然的に就農者も増えてくると考えている。渡邊さんは「大阪では今後10年で1千㌶以上の農地が余るといわれている。それを請け負える体制づくりを進めながら、大阪をサツマイモの産地に育てていきたい」と先を見据える。

高齢者福祉施設などを運営する社会福祉法人あかね(兵庫県尼崎市)が、2011年に設立したあかね農園(同姫路市)。「施設を利用する高齢者に最高の一口を届ける」を合言葉に、20品目以上の野菜や果物を有機肥料のみで栽培する。設立から15年が経過し、経営面積は約5㌶まで拡大。地域では耕作放棄地も目立ち始めている中、農地の受け皿としても大きな役割を果たしている。
安心・安全と食の楽しみ提供
「安心・安全な農産物を利用者に提供したい」――。そんな思いであかね農園は設立された。すべての作物を農薬に頼らず有機肥料のみで育てる。多くの品目を手がけるのは、施設で使う食材をできるだけ自給したいという思いから。今では施設で提供する約8万5千食分(年間)の食材の7割近くを自給できるまでになった。
「人生最期の瞬間まで〝食〟を楽しんでもらいたい」――。これも農園を立ち上げた理由の一つだ。日常の食事に加え、収穫したての野菜を味わってもらう試食会なども開催する。農園スタッフの吉川慎二さん(28)は「利用者には元々農家だった方も多く、農園での作業の様子なども伝えると、とても喜んでもらえる」と笑顔で話す。
施設で使いきれない農産物は、経営する直売所やオンラインで販売している。特に人気なのがイチジクの希少品種「ビオレソリエス」。濃厚な甘みと、とろけるような食感が特徴だ。イチジクは70代後半以降の世代には馴染みが深い果物で、咀嚼・嚥下機能が低下しても食べやすいなど、施設利用者からも好評。現在、栽培面積は40㌃ほどだが、さらなる拡大も視野に入れている。
土壌にこだわり作物栽培
農薬や化学肥料を使わない代わりに、土壌にはこだわってきた。ハウスではトマトや葉物などの野菜を高設栽培で育てているが、そのベッドにはあかね農園専用の土を敷いている。同法人介護・農園事業部長の東岸真さん(52)は「土壌メーカーの方に農園まで来てもらい、環境や栽培方法に合わせて成分設計してもらったもの。健康に育つ秘訣です」と話す。
この土は露地栽培にも役立っている。ハウスで役目を終えたものを露地の圃場まで運び、土づくりに生かしているのだ。管理する圃場はほとんどが耕作放棄地だったものだが、土を入れることで1年目から作物を収穫できるという。吉川さんは「運搬など大変な面もあるが、当農園の野菜づくりには欠かせない作業」と話す。
今後は経営面積を2倍の10㌶ほどまで広げることが目標。そのためには、現状2割ほどとなっている施設外への販売をいかに伸ばしていくかが課題だ。東岸さんは「加工品開発にも試験的に取り組んでいるところで、事業の柱として確立させたい」と意欲を見せる。

「いかに自分たちの農産物にも地域にも有利になるような付加価値をつけて販売できるかをめざしている」――。そう笑顔で語るのは新潟県弥彦村にある㈱伊彌彦の竹野勝行代表取締役(51)。竹野代表は、自ら代表を務める (農) 第四生産組合などの農業法人や地域と連携した農産物の販売と特産品の開発などに取り組んでいる。
稲作を広め、越後文化をつくりあげたといわれる天香 山命を祀る越後国一之宮の彌彦神社がある弥彦山。その麓に伊彌彦はある。同社は、弥彦村内の第四生産組合、サンファーム大戸、アグリさくらの三つの農事組合法人が共同出資し、2019年に設立。各法人で生産した米や小麦、大豆などの検査・販売や農業機械利用組合の事務局などを行っている。
設立のきっかけは、3法人がそれぞれJGAP認証を同時に取得したことだ。各法人の過去の記録の継続性を確保しつつ、作業を連携して効率的に取り組むため、可能な範囲で共通のルールや様式などを取り入れて、17年5月にJGAPを取得した。それを契機に同年12月「神米会」(事務局=第四生産組合)を組織し、村のブランド米の伊彌彦米の要件に独自の基準を加え、米の販売を開始した。
その後、神米会が任意組織であることや今後の販売量や販路の拡大、弥彦村の農業と観光と地域の発展を見据え、同社が設立された。
同社では、農業と観光と地域をつなぐため、弥彦産農産物の販売・特産品の開発に注力している。
代表的なのは、伊彌彦米と伊彌彦醤油だ。
伊彌彦米は、当初は村のふるさと納税向けブランド米として生産が始まったが、18年には新嘗祭の皇室献上米にも選出。同社では、電子レンジで調理可能な伊彌彦米のパックご飯を開発・販売している。
伊彌彦醤油は、24年に販売を開始。3法人が生産した大豆と小麦を使用し、「弥彦産100%の原料」にこだわり、製造している。同商品は、お土産として好評で、セレクトショップなどで販売。道の駅国上では人気商品トップ10にランクインするほどだ。25年からは、弥彦村特産の原木椎茸「やひこ太郎」を使用した新商品のだし醤油も販売している。
また、同社は観光協会や第四北越経営者会などにも所属し、他業種に向けた弥彦産農産物のPRにも取り組むほか、行政主催のイベントにも積極的に協力している。
竹野代表は「これまでの直売会などのノウハウを活かし、3法人以外の参加者も募り、直売所の開設も含め検討したい。もっと弥彦村の農業と観光を盛り上げたい」と今後の展望を熱く語る。

「地域を守ることが会社や社員の幸せにつながる」――。徳島県小松島市櫛渕町にある㈱服部ファームの服部孝延代表取締役社長(68)は、県内3市1町の約150㌶の農地で水稲と苗販売、作業受託を含めた大規模経営を展開する。耕作放棄地を有効利用し農業の持続可能性を高める。後継者はシイタケを受け継ぎ経営を多角化。経営発展をめざしていく。
代表の孝延さんは1987年に就農、2008年に法人化した。率先して耕作放棄地を借り受けるなど、就農以来さまざまなことに挑戦している。
産地が五つの山に囲まれていることから生産するコシヒカリに「五山米」と命名し、ブランド化にも取り組んだ。コシヒカリの他にも主食用品種ハナエチゼン、大粒ダイヤ、あきさかり、にじのきらめきを作り、組み合わせることで作業の平準化を実現した。
機械設備への投資も効率化を進めるうえで積極的に導入する。10年には、県内で最初に品質管理に欠かせない色彩選別機を導入。色や形を瞬時に判別し、不良品や異物を排出できる体制を整えた。良質米が出荷できるようになり、選別時間を3分の1に短縮した。
22年には米の乾燥・調製をするライスセンターを建設し、作付面積200㌶規模まで受け入れできる体制を敷いている。また、穀物乾燥機の処理能力を高めることで乾燥できる玄米の量が3倍に増えた。
防除作業では、農業用ドローンを取り入れた。ピンポイントで薬剤散布することで作業時間が大幅に短縮。2人で5㌶の圃場を1時間で行うことも可能になったという。食味計測機能付きコンバインの導入は顧客のニーズに合わせるため。タンパク質やアミノ酸含量が収穫と同時に測定できるため、顧客の好みに合わせた販売まで円滑に進む。水稲苗の生産は、出芽や苗立ちを管理しながら年1万5千枚販売する。
地権者への心配りも意識する。地権者自身の田で穫れた米を食べられるように配慮するなど、借りた農地は正確で丁寧な作業を心掛ける。圃場管理システムを活用して農地情報、作業履歴、収穫実績、機械稼働データをクラウド上で管理。パソコンやスマートフォンを通じてデータが記録・分析され、翌年の施肥設計に役立てることもできる。
出荷の安定と売上高向上のため、農業法人5社で米の共同販売をする株式会社を設立。孝延さんが代表を務め、仲卸や販売会社と直接取引して販路を広げる。



















