広く国民が議論への参加を 見直しが進む水田農業政策
連休中の10日余り、入院となると3日もたてば食欲も減退する。全粥350㌘を残すのも抵抗があるので2割ほど減らせないか若い女性看護師さんに相談してみたら「おいしいご飯をたくさん食べていただき元気になってもらうのが病院の方針」
連休中の10日余り、入院となると3日もたてば食欲も減退する。全粥350㌘を残すのも抵抗があるので2割ほど減らせないか若い女性看護師さんに相談してみたら「おいしいご飯をたくさん食べていただき元気になってもらうのが病院の方針」と切り返された。腹ならぬ胸にグーっときた。
配膳されるご飯、お粥は多分業務用米に分類されるのであろう。現状、それが不足気味ゆえに主食用米でも増反を図る流れという。元気になって!と患者を励ます看護師さんのためにもおいしいお米の安定供給を期待してやまない。
医療の第一線ではご飯を食べることの効能が広く、強く認識されている。では進められている水田農業政策の見直しでは消費の現場、実情は意識されているのだろうか。
与党内で農業政策立案をリードする議員が〝もっと消費者のことも考えなければ〟と指摘しても「それが外に出ると階級闘争みたいな論調になってしまう」(農水省筋)。
水田農業全体、生産は言うに及ばず流通、消費の視点からも議論しなければ「一部の人に限られた議論となり、広い参加が得られなくなる」。米を守るなら石垣、城は広範な国民によって築かれるべきではないのだろうか。
見直しの根っこに据えられようとしているのは「食料安全保障」である。限られた生産人員、農地という制約条件のもと、安定供給を確保するには何をすべきか。議論はそうでなくてはならない。
水田活用の交付金も生産性向上に取り組み、少ない投資でもできるだけ多く収穫できるような経営を支援するという線が一応のメドとして引かれていくのであろう。
真夏の炎天下、〝生産者米価〟を審議する当時の会場には真っ黒に日焼けした生産者の声が響いていた。「農家に背中を押してもらわなければ与党に言いたいことも言えない」。行政改革、規制改革、農産物の市場開放を経て農政の三者懇体制は瓦解した。新たに戦陣を組むとしたら何に参画を期待すべきか。








