予算カット発言で農相辞任 農政への貢献には高い評価
週刊誌報道で簗和生農相による道路予算カット発言が報じられてから1週間ほど。農水省の中堅幹部は「辞めないのではないですか」とみていた。発言の取り消しと謝罪を前提とする見通しであったが、簗氏はそうするまでに時間がかかり過ぎた。その間に政府与党
週刊誌報道で簗和生農相による道路予算カット発言が報じられてから1週間ほど。農水省の中堅幹部は「辞めないのではないですか」とみていた。発言の取り消しと謝罪を前提とする見通しであったが、簗氏はそうするまでに時間がかかり過ぎた。その間に政府与党に寛容なはずのメディアでさえ「辞めるまで追及を止めない姿勢になってしまった」(全国紙OB)。
農相就任前、簗氏は自民党農林部会長として「税制改正をきっちり仕切ってくれたし、酪農畜産対策委員長でもがんばってもらった」(農水省筋)。農地でも農外の法人、外国企業による取得が問題になった時、声を大にして安易な緩和に反対してくれた。「味方にすると本当に頼もしく、多少神経質なところはあっても農水省を信頼しているのは確か」で、まだオープンにできない話と言えば「黙っていてくれた」。
農相就任の訓示では生産基盤の強化・確立、消費者に理解される農林水産行政(特に価格形成への期待が大きかった)、必要な予算は堂々と要求し確保するよう求めた。
全部が全部に共通すればいいのだが、なかには机を叩かれた経験を持つ幹部もいる。大臣になって向き合うとどうしても腰が退ける。そんなことでは農政に遅滞を来たすと「大臣のフトコロに飛びこんでいく」気持ちで対応しようと幹部間で申し合わせたという。
農林水産行政のトップが農相であるのは言うまでもない。そのトップを守ろう、今回の場合でいえば傷を少しでも軽微にとどめようと考えても不思議ではない。それゆえ体制が若干修正されたが、それが〝お支えチーム〟と報じられた。公表されてもいない事実が、どうして出たのであろうか。
スポーツの日までの3連休を千葉県下での豪雨被害視察に当てる予定であったが、それはかなわなかった。万事休したというべきか。衆院予算委での審議を終えた後、高市早苗首相に辞表を提出し、本当に短かった農林水産大臣職を退いた。








