ひもとく農地史⑤ 第4節 農業団体の再編成

2026年08月14日

 ⑴戦時中、農業団体は、国策遂行のための機関だった。そこで農業団体を民主的な姿に再編制することも戦後農政の課題だった。本稿では、農協などの農業団体の変遷についてまず述べたい。


 ⑵戦前には「農会」と「産業組合」が主要な農業団体だった。双方とも

 ⑴戦時中、農業団体は、国策遂行のための機関だった。そこで農業団体を民主的な姿に再編制することも戦後農政の課題だった。本稿では、農協などの農業団体の変遷についてまず述べたい。


 ⑵戦前には「農会」と「産業組合」が主要な農業団体だった。双方とも、1900年(明治33)前後に創設された組織だが、性格は全く異なる。


 「農会」は、農業技術や経営の指導・普及などを行うため、市町村、郡、都道府県の各段階に設置されており、行政機関的な性格が強かった。一方、「産業組合」は、農村において信用・販売・購買などの経済事業を行う協同組合だった。


 ⑶この二つの組織は戦時中に統合され、「農業会」が新たに作られた。全国、都道府県、市町村の各段階に設置され、戦時統制経済の実施機関として農産物の供出や農業資材の配給などの業務を担った。


 ⑷戦後になり、「農業会」に代わる民主的な農業団体の設立が必要となった。このため、1947年(昭和22)に、「農業協同組合法」が施行され、主に販売、購買、金融などの経済的なサービス事業を行う農業協同組合(農協)が創設された。戦前の「産業組合」の流れをくむものだ。しかし、経済活動にとどまらず、農協組織は「営農指導」や「農政活動」も行うこととされた。これらの活動は、戦前の「農会」が行っていたものだ。


 ⑸農協は、全国各地で急速に結成され、制度発足後わずか2年のうちに1万6千にせまる農協が誕生した。しかし、多くの農協の中には零細で資金が乏しく、経営面で心もとない状況のものも見られた。食糧増産という当時の課題に対応するには、農業団体・組織の強化が必要となった。


 1951年(昭和26)に農業委員会法が制定されたことから、農業委員会なども含め、農業団体・組織のあり方が検討されたが、容易に結論はでなかった。


◇次号は9月11日付


@石川県農業会議・山田修路

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