ひもとく農地史⑥ 第5節 農業委員会の創設
⑴農政の基本となる農地法が制定される前年、1951年(昭和26)に、農業委員会が、創設された。
それまでの農政を担ってきた三つの委員会を統合して、創設されたものだ。一つ目は「農地委員会」で、歴史上例のない大規模な農地改革を驚くべきスピード
⑴農政の基本となる農地法が制定される前年、1951年(昭和26)に、農業委員会が、創設された。
それまでの農政を担ってきた三つの委員会を統合して、創設されたものだ。一つ目は「農地委員会」で、歴史上例のない大規模な農地改革を驚くべきスピードで成し遂げた立役者だ。二つ目の「農業調整委員会」は、戦後の食料難の時代に農家からの食料の供出を調整する役割を担った。三つ目の「農業改良委員会」は、農業技術の改良・普及を目的とした組織だった。
⑵終戦後、数年が経過し、農地改革はおおむね完了、食料難も改善されていた。農業政策は終戦処理の段階を脱し、前に踏み出す時期がきたのだ。当時のスローガンとしても、「農地改革から農業改革へ」が掲げられた。
新たに創設された農業委員会は、農地法の執行に当たるだけでなく、農業改革の一翼を担う重要な組織として位置づけられた。このため、当初の農業委員会は、市町村だけでなく都道府県にも設置され、農業委員は公選により選ばれることとされたのだった。
⑶52年(昭和27)にサンフランシスコ講和条約が発効し、わが国は独立を回復した。しかしながら「真の独立」と言えるには「経済的な自立」を達成せねばならず、そのためには「食料自給体制の確立」が国政においては急務だった。
農林省は、食料増産政策を推進したが、この政策を担うべき農業団体の状況を見ると、農協や農業共済組合は資金不足で経営が厳しいなど、苦しんでいた。「農業団体・組織の強化」は、その後の農政の課題の一つとなった。
⑷54年(昭和29)の法改正で、都道府県段階の農業委員会組織は「農業会議」に改組され、全国段階に全国農業会議所が設けられた。さらに、57年(昭和32)の法改正で、市町村農業委員会にも「意見の建議」などの権限が追加され、組織体制の整備が進んだ。
◇次号は10月9日付








