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ひもとく農地史

ひもとく農地史①~序章 戦後の農政と農業委員会~ 石川県農業会議 山田修路

2026年04月10日

 戦後80年が経過したが、この期間は、「明治維新から終戦までの期間」(77年間)よりも長くなった。現在の農政、特に農地政策は終戦直後の「農地改革」からスタートした。そして、この「農地改革」でも農地制度の根幹をなしている。

 戦後の農政、特に農

 戦後80年が経過したが、この期間は、「明治維新から終戦までの期間」(77年間)よりも長くなった。現在の農政、特に農地政策は終戦直後の「農地改革」からスタートした。そして、この「農地改革」でも農地制度の根幹をなしている。

 戦後の農政、特に農地政策・農地制度がどのように推移し、現在に至っているのか。このことを振り返ることによって、現在の政策・制度の意義を再確認できる。

 一口に「80年」といっても変遷がある。私はこの80年の農地行政をおおむね三つの期間に分けられないか、と思っている。

 1番目は、「農地改革とその成果の維持」の約15年間の時期だ。終戦直後から立案された「農地改革」は、「農地法の制定」や「農業委員会など組織の整備」が行われ現在の制度の枠組みが形成された。

 2番目は、1961年(昭和36)に農業基本法が制定されて以降、約30年にわたる時期だ。農地制度の焦点は、「構造政策」つまり「農業構造の改善」であった。農林省の組織としても、72年(昭和47)に「構造改善局」が設置され、行政としても看板の政策であった。この時期の前半は、「農地の所有権移転による規模拡大」をめざしたが思うように進まず、後半は「賃貸借による規模拡大」を指向した。

 3番目は、92年(平成4)に、「新しい食料・農業・農村政策の方向」いわゆる「新政策」の公表やウルグアイ・ラウンドの合意がなされ、翌93年(平成5)に「農業経営基盤強化促進法」が制定された。今日に至る30年余りの時期は、政策の重点は、「農地を含めた経営基盤の強化」に移行したと言えよう。農水省の組織も2001年(平成13)に「経営局」が設置された。

 このような農地政策の変遷の中で、最も重要な役割を果たしてきたのが、農業委員会組織だ。農地制度が改正される都度、農業委員会が大きな役割を担うこととなったが、この点についても、触れていきたい。

◇次回は5月15日付

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