【石油王の12カ月】いいあんべえ 小泉ファーム・小泉輝夫氏
8月。稲が、葉や茎から穂へと全てを注ぎ込む時期に入った。期待と不安が交錯する。
期待は、粛々と積み上げてきた管理作業の答えがいよいよ出ること。不安は天候や台風もさることながら、作物が適期に良い状態で収穫されるかどうかだ。
昨年の収穫が終わ
8月。稲が、葉や茎から穂へと全てを注ぎ込む時期に入った。期待と不安が交錯する。
期待は、粛々と積み上げてきた管理作業の答えがいよいよ出ること。不安は天候や台風もさることながら、作物が適期に良い状態で収穫されるかどうかだ。
昨年の収穫が終わった瞬間から、次作への準備は静かに始まっている。土を整え、水を引き、いくつもの作業を積み上げてきた長い時間が、もう少しで形になろうとしている。その緊張感と期待感は言葉にしにくい。
田んぼの美しさとは、穂の姿だけではなく、その裏側に積み重なった時間の重さだと私は思っている。
最近、判断から行動までの過程に、人によって大きな差があると感じることがある。そのたびに思い出す2人がいる。
私が農業を始めた頃、近所の昭和初期生まれのじいちゃんが「よし、俺が師匠になって教えてやる」と言ってくれた。作業を聞くと「んー、いいあんべえにやればいいだよ」と言う。素人の私には意味が分からなかった。
3年ほどたった頃、師匠は私になっていた。「おー輝夫、なんの肥料と農薬使ってんだ?」と聞かれて教えると、じいちゃんはそのままトラックで農協へ走っていった。
私の学生時代の校長先生が定年後に水稲農家となり、私の隣の圃場で農業を始めた。しかし毎年早い段階から倒伏させてしまい、収穫不能が数年続いた。
見かねた父が施肥設計と管理方法を伝えたところ、先生は言った。「現役の頃は農家のおやじが物足りなく見えていた。泥だらけの長靴で授業参観に来るとか。しかし勉強不足は自分自身だった」と。
じいちゃんは現場を観察し、自分で判断し、素直に行動した。その姿が、農業の本質を教えてくれた。
いいあんべえ――。その言葉の重さが、今になってよく分かる。
◇次回は9月4日付








