地域の稲作を担うために 幸手市・船川 由孝⑩
私が父から機械利用組合「神扇農業機械化センター」の経営を引き継いで、今年で31年。43歳のときでした。息子も40歳を過ぎ、そろそろ経営移譲の時期かと思っています。
父たちが同センターを立ち上げたばかりの1970年代には、転作品目として、麦
私が父から機械利用組合「神扇農業機械化センター」の経営を引き継いで、今年で31年。43歳のときでした。息子も40歳を過ぎ、そろそろ経営移譲の時期かと思っています。
父たちが同センターを立ち上げたばかりの1970年代には、転作品目として、麦・大豆だけでなく、組合員の家族総出でタマネギ栽培に挑戦するなど試行錯誤し、資金繰りにも苦労していました。
その父たちの世代が経営基盤を作り、2代目の私の代になって、ようやく土壌も経営も安定しました。構造改善事業は、一世代だけで成果が出るものでもなく、長いスパンで考え、次世代にどうつなぐかを考えるべきだと実感しています。
弊社では、「真剣・集中」とともに「地域の稲作を担う」を社訓として掲げています。これも、同センターが設立された経緯と密接に関わっています。
以前にもお話ししたように、もともと沼地だった神扇地区では、最大の懸案事項が排水でした。構造改善事業で念願の排水施設が建設され、営農組織の神扇農業機械化センターとともに、神扇土地改良区も設立されています。どちらも、生前は父が理事長を務め、父の死後は私が引き継ぎました。つまり、営農と水管理、どちらも担う立場にあるのです。
近年は幸手市でも、市街化や工業団地の造成が進み、70年代には約1千㌶あった農地が、今は約670㌶まで減少しています。
離農による農地貸借・売買、遊休農地も増加し、現在、市内では、JA全農の9㌶規模のトレーニングセンター建設や、大規模な施設園芸施設の建設プロジェクトなども始まっています。
弊社も急速に農地集積が進み、今は経営面積が約120㌶になりました。有能なスタッフも育っているので、今後も離農増加が予想される中、大区画化や効率化によって、どこまで農地を引き受けられるか、今後の課題になりそうです。
現状では地区の担い手が圧倒的に足りません。稲作の担い手をどう確保し育てるか。弊社を含め、地域全体を視野に考えなければならない問題だと思っています。
おわり
構成 榊田みどり
◇次回は新潟県の平石博さん









