大区画圃場への適応に悪戦苦闘 幸手市・船川 由孝⑥

2026年08月28日
     
導入した追肥機械
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 2002年(平成14)、神扇機械化利用組合を㈲神扇農業機械化センターに改組しました。長男の就農を控え、世代交代と雇用型経営への転換を視野に入れた法人化でした。


 もともと組合員から出資金を募らず、事務所の敷地も船川家所有で、借入金も全額返済

 2002年(平成14)、神扇機械化利用組合を㈲神扇農業機械化センターに改組しました。長男の就農を控え、世代交代と雇用型経営への転換を視野に入れた法人化でした。


 もともと組合員から出資金を募らず、事務所の敷地も船川家所有で、借入金も全額返済を終えていたため、法人化はスムーズでした。


 この年、国産のレーザーレベラーが初めて登場しました。レーザー光で自動的に圃場を均平化する農機です。即決で購入しました。


 以前もお話したように、この地域は、構造改善事業で1970年代前半に1㌶以上の大区画圃場が何筆か造成されましたが、トラクターは30馬力、田植機は4条と、農機が圃場規模に追いついていませんでした。


 そのため、最も苦労したのが、土壌改良と均平化でした。もともと沼地で土質が悪く、土壌改良は、土中に有機物を入れ、天地返しで酸素を送り、団粒構造にすることに努めましたが、30馬力のトラクターと当時のロータリーでは、土中に爪すら入らないような土壌でした。


 80年代に入り、深耕機のパワーディスクが登場し、初めて土中15㌢まで粗起こしができるようになりました。その後、水田用プラウ、スタブルカルチと、より深耕できる農機が登場し、ようやく90年代に満足のいく土づくり体系ができました。


 ただし、耕起後の均平化は、課題として残りました。大区画圃場に均平化技術は欠かせませんが、日本では適した農機がなく、トラクターに整地板を付け、圃場に水を張った後に水面から飛び出た部分を削るという原始的な方法しかありませんでした。


 一方、海外では、80年前後にカリフォルニアを視察した時、すでにレーザーレベラーが走っていたし、90年代にはイタリアやオーストラリアでも導入されていました。日本は10年は遅かったですね。


 近年の激しい気象変化に対応するため、元肥を減らし、稲の生育に合わせて粒状肥料を追肥するための大型機械も導入しました。


 今、各地で大区画化が進んでいますが、30㌃圃場と稲作技術の基本は同じでも、それに加えて大区画に適応する技術と農機がなければ、逆に収量も利益率も低下しかねません。


 農業構造改善あってこそ、初めて大区画化のメリットが生きる。これまでの経験を通じた私の実感です。



構成 榊田みどり

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