Home

コラム・社説

真夏のビール

新刊とわたし 小説家・瀧羽麻子

2026年07月24日

 今月、新刊が発売になった。


 本が出ると、新聞や雑誌に取材してもらう機会がある。必ず聞かれるのが執筆のきっかけだ。どう答えようか、毎回困る。出版社の依頼を受けて書くという意味では「頼まれたから」が正しいが、どうも様にならない。断ることもなく

 今月、新刊が発売になった。


 本が出ると、新聞や雑誌に取材してもらう機会がある。必ず聞かれるのが執筆のきっかけだ。どう答えようか、毎回困る。出版社の依頼を受けて書くという意味では「頼まれたから」が正しいが、どうも様にならない。断ることもなくはないので、「書きたかったから」ともいえるけれど、これまた芸がない。


 大河小説を書いてみたかったから、と今回は答えている。主人公は1945年生まれで、冒頭で5歳、最終章では80歳になっている。職業は指揮者だ。ほぼ全生涯を追う以上、一生かけて取り組む仕事にしたかった。

「もともとクラシック音楽がお好きなんですか?」さらに聞かれ、正直に答える。「好きですが、詳しくはありません」


 クラシック好きを公言する知人は何人かいるが、皆例外なくめちゃくちゃ詳しい。執筆にあたって取材したり資料を読んだり、わたしなりに努力したとはいえ、彼らにはとてもかなわない。モーツァルトをかけると筆が進むとか、執筆の息抜きにピアノを弾くのが日課だとか、もっと気の利いたことを言えればいいのだが、うそはつけない。


 「クラシックに限らず音楽全般だとどうですか?」相手は果敢に話を広げようとしてくれる。さすがプロである。ただ、答えは同じだ。好きだが詳しくない。


 小説なら、登場人物に思いどおりのセリフをいくらでも言わせられるけれど、取材記事には著者の(しゃべ)っていないことは書けない。わたしの話がつまらないと迷惑をかける。あせるやら申し訳ないやらで、「実はわたし、音痴で」と唐突に告白してしまう。「カラオケでも、ずっとタンバリンをたたいていて……」


 こんな調子なので、取材記事に書かれたわたしの言葉は、たぶん全然おもしろくない。言うまでもなく、インタビュアーはまったく悪くない。ひとえにわたしの責任だ。ただし、少なくともわたしのしどろもどろな回答に比べれば、今回の新刊のほうがいくらかはおもしろく読んでいただけると思う。


◇次回は8月28日付

有料会員に登録すると会員限定の有料記事もお読みいただけます